縮毛矯正をして学校へ
さぁ、サラサラになった髪の毛で登校だ。自転車で駅まで走る。髪がなびく! これまで風が吹いてもびくともしなかったチリチリヘアーが…なびく! この快感は今でも忘れられない(今は髪質が落ち着いてある程度なびくようになったけど)。
電車に乗る。心なしか、同じ制服を着ている連中に見られているような気がする。
「あの人って…縮毛矯正かけたの?」
「なんか、髪の毛サラサラになるとけっこうかっこよくない?」
なんて思われているのだろうか。勝手に恥ずかしくなってしまう。ポジティブな変化なんだろうが、穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
高校の最寄り駅で降りて、歩いて学校に向かう。同じ学校に通う人たちの群れ。そんななかを俺はサラサラの髪でひとりで歩いていく。
やっぱり見られている。恥ずかしい。一週間もすればこの好奇の視線もなくなるだろう。でも、初日はさすがに見られている! 自意識過剰なのもあるかもしれないが、やっぱり見られている!
学校についた。上履きに履き替えて、教室に向かう。そして教室に入る。誰とも目を合わせずに自席に向かう。この間、確実に見られていた。会話をしている女子たちが会話を止めて俺のほうを見ていた。間違いなく見ていた。
席に座る。前髪がなびく。新鮮な感覚だ。でも、すぐにうつぶせになった。恥ずかしくて顔を上げられないのだ。
すると、少し話をするくらいのクラスメイトの男子たちが声をかけてきた。
「え、縮毛矯正かけた? やば! サラサラ!」
「めっちゃいいじゃん! 絶対そっちのほうがいいって!」
……すげーうれしい。「絶対そっちのほうがいいって!」はうれしい。自分が行動した勇気を讃えてくれているようだ。でも、じゃあ、これまでの俺はなんだったんだ。「絶対そっちのほうがいい」のであれば、もう前のチリチリヘアーに戻ることは絶対やめたほうがいいってことじゃないか……!
これがデビューの魔力か。周りの評価ががらりと変わった(と俺は思い込んでいた)。これからは、自分に自信を持っていいのか? これで俺も友達ができるのか? もしかして彼女もできたりするのか? でも、縮毛矯正を維持するためにかかるカネはどうすればいいんだ? いろいろな想いが頭をめぐった。
縮毛矯正はやめた。でも俺は変わった
それからの学校生活は、大きく変わった。プリントを回すとき、女子と目を合わせることができるようになった。女子も、ものめずらしさがあってか縮毛矯正をかけてすぐのあいだはプリントを受け取る俺のことをじっと見ていたりした。まぁ容姿が大きく変わると、好奇心で見たくなるよな。すげーうれしかったよ。
縮毛矯正は、髪が伸びて矯正をかけた部分を切ってしまうともちろん終わる。3カ月のあいだに髪を2回切って、結局もとのチリチリヘアーに戻った。
なぜ俺は縮毛矯正を延長しなかったのか? 理由は2つ。
1つ目は、もちろん、カネがかかること。
2つ目は、デビューによる副次的効果により、周りの評価と自信がついたから。これは語らせてほしい。
縮毛矯正をするという行為。それは変わろうとする勇気を示すこと、デビューする度胸を見せつけるアクションだったと思う。
髪がサラサラのあいだは、見た目的にはイケてる男子高校生の部類に入っていた。チリチリヘアーだった俺から見たら、髪がサラサラの男子はみんなかっこよく見えてたから、俺の中でこれは事実だ。
でも本当に大事なのはそこじゃなかった。
「あいつ、一回縮毛矯正してきたよね」
「あったね。あれけっこうよかったよね」
「なんか、そういうの興味ないと思ったけど、けっこう高感度なのかもね」
「話してみるとおもしろい人だよね」
と、周りに思わせることができたのだった。なんなら、縮毛矯正をかけなかったら、一生話すことのなかったであろう女子と(ひとことふたことだけど)話すことができたのだ。
“なかなか思い切ったことをするやつ”と、自他ともに認めさせる。縮毛矯正は、そのきっかけだった。もとのチリチリヘアーに戻ったので見た目は劣るかもしれないけど、内面はそのへんのやつより優っている。自分のなかでは、そんな自信をもてた。
女子に告白なんてこともした。ごくたまに笑い話ができるような間柄の女子で、メールアドレスもゲットしていた。フラれたけど、告白することも勇気を示すことだ。縮毛矯正がなければ、こんなことはできなかった。そして、フラれても「女子に告白した」という事実は、クラス中に広まる。その勇気は必ず評価されるし、告白の経験の有無は必ずその後の人生を左右する。いま思えば、人生が音を立てて好循環していったような時期だった。
自分を変えることで人生は変わる
以上、だいぶ省略したが、俺の縮毛矯正エピソードだ。
俺は縮毛矯正で人生が変わった。自分の見た目を大きく変える行動をとる勇気を示したことで、周りの評価と自信を得られた。さっきも書いたけど。
変わる勇気、これは本当に大事。笑われてもいい。そして、意外と笑われないから安心してほしい。
こうやって振り返ってみると、俺ってけっこうがんばってたんだなー、なんてことを思い出した。高校時代、縮毛矯正をかけていなかったら……俺は今よりもっと暗い人生を歩んでいたかもしれない。それもそれで味わい深いかもしれないけど。
そうね。あのときの俺と今の俺、どっちもけっこう好きだな。人生楽しめてるなって書いてて思いました。