懲りずに書評……なんてたいそうなものでなく読書感想文。今回は、ジョン・ウィリアムズ 著, 東江一紀 訳『STONER』(作品社)という本。1965年にアメリカで出版された小説の日本語版。書店に行く習慣のある人なんかは知ってるんだけど、本をふだん読まない人は知らない本であり作家さんじゃなかろうか。俺も、まったく知らなかったけど書店で帯に書いてある情報を見て、読んでみようと思って買った次第。帯にはどでかく「第1回 日本翻訳大賞 読者賞 受賞!」。そういうのに弱い。
『STONER(ストーナー)』ってどんな本?
ジャンルはこてこてのアメリカ文学になるのかな? 著者のジョン・ウィリアムズはアメリカ出身の文学者で作品の舞台もアメリカ。
あまり引用を用いず、自分でどんな内容なのかがんばって説明したいと思います。
タイトルの『STONER』は、主人公の名前ウィリアム・ストーナーから。この小説は、ストーナーという人物の一生について綴った作品。
描かれたのはストーナーが生きた時代、19世紀末期から20世紀前半といったところか。第一次世界対戦と第二次世界大戦がターニングポイントの背景として書かれている。
舞台は主に大学。ストーナーは大学の教師になる。アカデミシャン小説というか、学術バトルみたいなのもほんの少し描かれたりする。著者のジョン・ウィリアムズは文学博士だから、その素養と実体験が活かされている。
ストーリーは、田舎で生まれた主人公がひょんなことで大学に行くきっかけを得て、ある教授と出会い、アカデミアの門を叩き、大学の教師であり研究者になり、結婚したり、という生涯をなぞったもの。
……おもしろそう? 俺もだいぶ説明が下手なほうだと思うけど、事実だけざっと書くとこうなっちゃうのよ。あまりおもしろくなさそうに聞こえるよね?
おもしろいっていうかグッとくるというか、胸がちょっと苦しくなるというか……素敵な小説ってさ、「あーたのしかった」ってなるとは限らないよね。「いい本だったわ……」って感じよ。言葉にできないけど感動する感じ。この感覚を共有するために、ブログを書いている。
帯文でトム・ハンクスが言ってること見てみ?
これはただ、ひとりの男が大学に進んで教師になる物語にすぎない。しかし、これほど魅力にあふれた作品は誰も読んだことがないだろう。――トム・ハンクス
作品社 ホームページ
なんの説明にもなってないよね。わかった。この先の章でちょっと、俺なりによかったと思ったところについて書きますよ。
『STONER(ストーナー)』の評価は?
『STONER』は、ストーリーを書き並べたって誰も読みたいと思わない小説。俺の説明が下手ってこともあるけど、それだけじゃない。
この作品は、本国アメリカで刊行された当初の1965年は大きくは話題にならなかった。アカデミック・ノベルの愛好家のあいだで細々と読まれていたくらいの評価らしい。著者のジョン・ウィリアムズが亡くなってからは『STONER』の存在はほぼ忘れらえてしまったのだとか。2006年に『STONER』は復刊。数年後、フランスの人気作家がこの本を読んで感動してぜひ翻訳したいという話になり、同国でベストセラーに。それをきっかけに各国で翻訳版が相次いで刊行され、日本でも出版されたという話(参照:本書 あとがきより)。
もともと多くの人に読まれる小説ではなく、一度は絶版になったけど、根強い支持者が復刊を希望して実現。そして、影響力のある人物の手に渡り、それがしかるべき評価を受け、ベストセラーに。作者の死後に評価された作品ってわけだけど、時代を先どった時限装置的な仕掛けを施していたわけでもなく、小説としての強さのみでずっと誰かの心にとどまり続け、少しずつ読み手を増やし、大きく飛躍する機会を得るに至った。
うーー、「もっと評価されるべき作品」って叫ぶ声がほうぼうから聞こえてきたのでって感じだったんですかね。刊行当初の反響を聞くに、誰でも楽しめる本じゃないのかな?とか、60年くらい前に書かれた本だけど共感できんのかよと思うかもしれない。
ひとつ言わせてもらうのであれば、男性のほうが共感しやすい小説だと思う。女性も、時代性を加味したうえで、少し俯瞰しながら読むともちろんばっちり楽しめるけど、やっぱりね、あんまこういうことを書くのは嫌だけど、男性が書いた男性向けの作品なのかな、って思ってしまう。
いや! もちろん女性も楽しめるはず! でも、正直おもったところです。これちょっと男性社会だなーって思いながら、読むのもひとつの読み方だと思うし。
『STONER(ストーナー)』の読みどころは?
『STONER』のなにが魅力かってちゃんと書かないとな。
俺は心情の描写の巧さにグッときた。小説って、人物の気持ちがそのときどういう状態なのかを、さまざまな例えや語彙を使って表現して、読者にわからせるものだと思う。そこに尽きるとも言える。絵がないなかでテキストだけで表現することの難しさと楽しさが小説にはある。著者のジョン・ウィリアムズは、『STONER』においてその手腕を発揮している。
たとえば? 抜き出してしまうけど以下とか。
そうやって書斎の改造に取り組み、それが少しずつ形になっていくにつれて、もう何年も前から、 自分の中の自分でも知らない一郭に、ひとつの心象風景が恥ずべき秘密のごとくしまい込まれていたことに気づいた。(p117-118)
『STONER』(作品社)より
おぉー。って思うかな。ほかにも、ストーナーが女子学生との不倫にどハマりしてるとき、男性ならではの俗っぽいワクワクに陥った際の内省もまた良い。
男たちをこういう行動に駆り立てる愚かさの力には、あきれ果てるばかりだ。
『STONER』(作品社)より
よくある表現じゃんって思うかもだけど、それが山ほどあって適切な場面で書かれる。「平凡な男の物語」の随所に行き渡る心理描写の緻密さ。思うに、読み進める楽しさはそこにあった気がする。
ストーリーや展開も言うほど起伏がないわけじゃない。妻のイーディスとのバトルはときに滑稽を極めて笑えるくらいおもしろい。同僚のローマックスとのバチバチも、手に汗を握るものがある。ドラマ性もさりげないけど、ある。
この小説は、ストーナーの生き様を通して、人生ってなかなかおもしろいもんだなと気づかせてくれる。自分の人生を振り返るきっかけを与えてくれる。俺は自分のことを顧みて、意外と悪くなかったなって思えた。それって喜ばしいよ。ただ、いまとてもつらい状況にいる人が読んだらどうなるんだろう? そんな人でもこれまでにあった些細な喜びを思い出したり、今の苦難は過ぎ去って、これからもそれなりの感動が訪れるんじゃないかと思えるかな。
もしかするとこの「平凡」な具合が、刊行された1965年では多数派に共感できるものではなかったから、大きなヒットにならなかったのかもしれない。復刊された2000年代以降に、生活や教養の水準が上がり、多くの人に受け入れられてベストセラーに導かれたのかもしれない。
大学の教師って今でもエリートの部類だからね。彼らの生活への想像力を、刊行当初の市井の人たちが持ち得てなかったっていうのは、時間が経って再評価されたひとつの理由かもしれない。先の文で書いた見解と言ってることが変わってきたけど……書きながらいろいろ思い至るもんってことで、許してください。
この本を読むと、人生はどんな瞬間も不安定でいてそこに美しい人間らしい感情を見つけられる。そして、生きることを今より少し肯定できるようになるってのが、俺が読んでよかったと思えたところかな。
次のページでは、『STONER』が翻訳小説として日本翻訳大賞を受賞した点に注目してみたいと思います。翻訳って、とても尊い仕事だと思うんです。そういうお話を少しさせていただきます。