石牟礼道子が著した『苦海浄土 わが水俣病』。1969年に刊行されたこの本の題材は、サブタイトルが示すように水俣病である。舞台は熊本県の水俣町(現・水俣市)。現地の人々の語り(※実際は語りではない)、熊本大学医学部によるレポート、政府見解などの資料、そして石牟礼氏自身の言葉が綴られている。この本のジャンルは私小説らしい。個人的には、この「ジャンル」が注目すべき点だと考えている。
「苦海浄土」ってどういう意味?
まず書名のインパクトに目を奪われた。解釈できるように、「苦海」「浄土」それぞれの単語の意味を調べてみる。
【苦海(くかい)】
〘名〙 (「くがい」とも) 仏語。この世の苦しみの際限なく大きいことを海にたとえた語。苦界。[コトバンクより]
【浄土】
〘名〙1 仏語。一切の煩悩ぼんのうやけがれを離れた、清浄な国土。仏の住む世界。特に、阿弥陀仏の住む極楽浄土。西方浄土。「欣求(ごんぐ)浄土」⇔穢土(えど)。[コトバンクより]
どちらも仏語である。「苦海」と「浄土」は相反する意味をもつようだ。「苦海」という言葉からは、水俣病の凄惨さが読む前から伝わってくるような迫力がある。しかし「浄土」とは……この本の描写のなかに「浄土」が見出せるのか。期待というか望みというか、救いのようなものを信じて、この本を手に取った。
『苦界浄土』の書名が示すものは、この時点では解釈しきれない。
ちなみに英題は”Paradise in the Sea of Sorrow”なんだって。こっちのほうが理解しやすい気もするけど……邦題のニュアンスを解釈しきれているかは、やや疑問。
「水俣病」って何?
学校の授業で教えられることだし、みんな知ってるよって感じだよね。写真つきで教えられるし、それが衝撃的な光景であるから記憶に残らない人はいないと思う。
ここに書くとすごい文字量になるから、すみません、このサイトを見てください。
水俣病の発生及びその概要
水俣病とは、化学工場から海や河川に排出されたメチル水銀化合物を、魚、エビ、カニ、貝などの魚介類が直接エラや消化管から吸収して、あるいは食物連鎖を通じて体内に高濃度に蓄積し、これを日常的にたくさん食べた住民の間に発生した中毒性の神経疾患です。
熊本県水俣湾周辺を中心とする八代海沿岸で発生し、始めは原因の分からない神経疾患として扱われていました。その後新潟県阿賀野川流域においても発生が確認されました。
水俣湾周辺の水俣病については、昭和31年(1956)5月、初めて患者の発生が報告され、その年の末には、52人の患者が確認されました。この疾患は昭和32年(1957)以降「水俣病」と呼ばれるようになりました。
阿賀野川流域の水俣病については、昭和40年(1965)5月に患者発生が報告され、その年の7月には26人の患者とそのうち5名の死亡が確認されました。水俣病患者の認定は、公害健康被害の補償等に関する法律に基づき関係各県の知事及び国によって行われます。
と、いうことなんだけど、このサイトのポップなデザインにどこか不謹慎さを感じるのは俺だけだろうか……。いろいろ考えて、多くの人に読んでもらうために、親しみやすい雰囲気にしているんだろうけど、そういうノリかなってちょっと思っちゃう。
で、原因というか経緯についても以下のように書かれています。
水俣病が起こった社会的背景
水俣病の原因企業は、チッソ(株)(水俣工場)と昭和電工(株)(鹿瀬工場)です。両者は、第2次世界大戦後の復興に続いて高度経済成長のさなかにあった日本を支え、発展させる原動力の役目を担っていた化学工業分野の企業です。
中でもチッソは高い開発力を持ち、独自の技術で次々と生産設備を更新して製品の増産に努めました。チッソの成長に歩調を合わせるように水俣の町も急速に発展を遂げました。そして、工場と従業員の納める税額が水俣市の税収の50%を超えるなどしたため、チッソは地域の経済や行政に大きな力を持つようになり、水俣はいわゆる企業城下町へと変貌しました。
こうして地域社会の支持を受け、安い労働力、豊富な用水、自前の発電力そして天草の石灰岩や石炭など手近にある原材料を活用し、また廃棄物や廃水の処理についても優遇されていたので、チッソは増産を重ねることができました。一方で労働環境や自然環境への配慮は後回しにされていました。
まぁ、そうなんだけど……。原因企業が貢献してきたことが打ち出されている感が強いと感じるのは、俺だけだろうか? このサイトは環境省のものだから、行政側からの説明なので、国策企業であるチッソ(株)を持ち上げてる感じもする。「地域社会の支持を受け……」みたいなことを書いてあるが、水俣病患者の方々が読んだら、どんな気持ちになるんだろうか。
嘘の説明ではないだろう。『苦海浄土』のなかでも、チッソによって水俣が発展することを支持する立場の人々も描かれている。しかし『苦海浄土』は、水俣病の被害者の方々の立場に寄って書かれている。問題や揉め事が起こるときは、片一方が100%悪だということはほとんどない。ただ、水俣病に関して言えば、資本家・行政の立場に立つものたちが、元来そこにあったものを破壊し、社会的弱者の無知に付け込み、経済成長を優先し人権を踏みにじっていたように見える。『苦海浄土』には、公害認定の経緯や、補償金の交渉なども記されているので、ぜひ読んで知ってほしい。
石牟礼道子ってどんな人?
水俣病に関する本は、海外の文献なども含めれば山のようにあるだろう。センセーショナルすぎる社会問題なので、さまざまな角度から光を当てる必要があるから当然だと思うんだけど、なぜそのなかで『苦海浄土』は別格の扱いをされるのか。それを知るには、著者である石牟礼道子について知っておいたほうがいいのではないか。
以下、Wikipediaがソースで申し訳ないが、簡単に書く。
主婦として参加した研究会で水俣病に関心を抱き、患者の魂の訴えをまとめた『苦海浄土ーわが水俣病』(1969年)を発表。ルポルタージュのほか、自伝的な作品『おえん遊行』(1984年)、詩画集『祖さまの草の邑』(2014年)などがある。
石牟礼 道子(いしむれ みちこ、1927年(昭和2年)3月11日 – 2018年(平成30年)2月10日)は、日本の小説家・詩人・環境運動家。
一応、Wikipediaのサマリーはこれなんだけど……もう少し情報を足しますね。
石牟礼道子は、熊本県天草郡河浦町(現・天草市)生まれ。生まれて三か月後には、葦北郡水俣町へ帰り以後そこで育ったそう。つまり、水俣町は彼女の育った町である。
その生涯のなかで、彼女は自殺を試みて未遂に終わっている。それが19歳のときだという。その後、彼女は長男が生まれたことで、自殺を思いとどまるようになった。と書いてある。
以下、もうまとめて引用するけど。
1956年短歌研究五十首詠(後の短歌研究新人賞)に入選。1958年に谷川雁の「サークル村」に参加、詩歌を中心に文学活動を開始した。1958年、弟が鉄道自殺する。
この頃、長男が入院した病院で「奇病」の存在を知り、強い衝撃を受けている。 その後、熊本大学研究班が出した報告書に衝撃を受け、1968年、日吉フミコらとともに水俣病患者を支援する水俣病対策市民会議を立ち上げた。 1969年には、「苦海浄土 わが水俣病」を発表し、大きな反響を得た。この著作は熊日文学賞や第1回大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれたが、いずれも受賞を辞退している。
弟さんが自殺したりと、今から考えるとただならぬ状況に思える。そして、奇病(水俣病)の存在を知り、関わっていく。
石牟礼道子の生い立ちを知ると、彼女のことをもっと知らなければいけない気になる。でなければ『苦海浄土』で示される世界、彼女が観た世界に近づける気がしない。この点は、純粋に本を読んで感じた部分を大切にするでもいいけど、文庫版に収録されている(元本にもあるのかな?)渡辺京ニ氏の解説を読めば、多少は(驚きとともに)知ることができる。
作家としての評価は、田中優子氏や沼野充義氏が「ノーベル文学賞をもらってもおかしくない作家」と評し、池澤夏樹が「(『苦海浄土』は)現代世界の十大小説」と太鼓判を押すほど。
詩・短歌による文学活動は、彼女のうちにあったものの発露であると考えられる。『苦海浄土』がなんの文学的下地のないなかで書かれたものとは思えないのもそれによるものだろうけど、才能が爆裂しているような迫力が本書にはある。
それが水俣病の悲劇を伝えなければという純粋な使命感のみによるものではないだろうという点が、本書の解説を読むとわかるんだけど、それに気づかされると鳥肌が立つんですよ……。
ノーベル文学賞が、社会的な意義とか芸術的な成果みたいなものを評価するものであれば、それに適う人物であり作品であると、私は思いました。でもね、そう感じたのは解説を読んでから。
さっきから渡辺京ニ氏の解説が~を連発してるけど、ほんと、この本の解説は必読。先に解説だけ読んでもいい。そんくらい「えっ……!」てなる内容だった。
『苦海浄土』ってどんな話?
ぜんぜん本の内容に触れられていなかった。さんざん語ってきたのでわかると思うけど『苦海浄土』のテーマは水俣病だ。新装版文庫本カバー裏の紹介文を引用する。
工場排水の水銀が引き起こした文明の病・水俣病。この地に育った著者は、患者とその家族の苦しみを自らのものとして、壮絶かと清冽な記録を綴った。本作は、世に出て三十数年を下手いまなお、極限状況にあっても輝きを失わない人間の尊厳を訴えてやまない。末永く読み継がれるべき〈いのちの文学〉の新装版。
『新装版 苦海浄土』(石牟礼 道子):講談社文庫 より
これだけ読むと、ルポルタージュなんだろうなと思う。実際に読み進めると、それを疑う人はいないだろう。水俣病の発症、被害の拡大、熊本大学医学部による検証、政府やチッソの見解、裁判……というように経過に伴いながら書かれている。
熊本の方言たっぷりの現地の人々による語りの聞き書き(実際は聞き書きではない……!)、報告資料の掲載、著者の心情の描写を織り交ぜた、膨大な情報を生々しさというか迫力というか、怒りや諦念を帯びた絶望に近い感情とそのなかに見える純度の高い世界観が混交した、凄まじい世界観が展開される。
本編の読後感は、人間の業に対するやりきれなさが残るざらりとした感じ。でも、この本を読んだ人だけが感じられる透明感というか、美しさというか――うまく言えないが、人生のなかで隠されがちな重要な何かを獲得できた感じがする。なので、非常におすすめなのだが、目を覆いたくなるようなショッキングな状況も描かれている。
しかし、さらにどでかい衝撃を受けるのは解説を読んでからだった。
『苦海浄土』はルポルタージュではない?
『苦海浄土』が水俣病について現地で取材して書かれたものであることは事実だろう。現地報告や記録文学であるルポルタージュなんだろうけど、解説を読んで驚いたのは、本書のなかで書かれている現地民や被害者の語りの大半が、聞き書きではなく石牟礼氏の創作によるものだという点だ(!)。
すると、この本は石牟礼氏の体験に基づく私小説の色が濃くなり、文学としての凄みがぐっと高まる。だから私小説として評価されている。
さらっと創作だと言ったけど、解説でそれを知ったときマジかと思った。いろいろ大丈夫か?と思いつつ、本で書かれた有無を言わさぬリアリティにちょっと混乱。この憑依とも言える石牟礼氏の能力は、まるでイタコのものではないか。
『苦海浄土』はちょっとやばい。
もはやネタバレしているが、解説についてここで掘り下げるのは控えておきたい。ぜひ、ご自身で読んでほしい。この読書体験はほかでは味わえない。
ということで、『苦海浄土』はとってもおすすめの作品です。書きすぎたかな……でも、具体的な内容が一切ない、つまんないブログだったと思うから、読書体験は削がれることはない、はず!
もし、このブログが作品をつまんなくしているようだったら申し訳ない。でも、興味がなかった人が手に取るきっかけになったらうれしいと思っています。