「コロナ禍の地元愛」がテーマの青春小説『成瀬は天下を取りにいく』は誰の心に響いたのか

近年の本屋大賞受賞作品のなかでも、ひと際大きな話題を呼んだのが宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りに行く』だ。食わず嫌いもよくないので、黙って読んでみた。そんでちょっと、感想を述べてみたいと思います。

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最初は漫画だと思ってた

『成瀬は天下を取りに行く』は、「成瀬」という主人公の印象が非常に強い。主人公だからそりゃそうだろうと思うけど、ここまで主人公を押し出した小説作品は多くないんじゃないかな。表紙のイラストでその姿を漫画チックに描いてイメージをぶつけてきているし。何も知らずに初めて見たときは漫画なのかなと思ってたよ。

だから、著者の宮島未奈さんよりも主人公の成瀬の名前の印象のほうが強かった。この作品は宮島さんの初の単行本、つまりデビュー作となるわけで、作家としても一般的には無名の状況であったことも著者の印象が薄いことに起因している気がする。著者は雑誌掲載の実績や受賞歴などはあるみたいなんだけど、作品単体での刊行はなかった。そのため『成瀬は天下を取りに行く』は余計な先入観なしに読みやすい作品とも言える。

そこで、主人公のキャラクターを思い切り立てるというアプローチは正解だったと思う。この物語が「あの作家の新作」ではなく「成瀬という人物の物語」であり、よりキャラクター愛着を持ちやすくなるという状況を生んだんじゃないでしょうか。

『成瀬は天下を取りに行く』のあらすじ

主人公の成瀬あかりは中学二年生。舞台は滋賀県大津市。物語は、百貨店・西武大津店が閉店するというニュースが流れるところから始まる(たしか)。

西武大津店は、実際に存在した百貨店で閉店したのは2020年8月31日だという。開業したのは1976年で、44年の歴史をもつ地元の老舗百貨店であった。

成瀬は、閉店する西武大津店にこの夏を捧げると宣言し、それから毎日西武大津店に通い、夕方のローカルワイド番組の中継映像に映り続けた。彼女はなぜそんなことをするのか? そんな疑問を持ちながら、成瀬を見守る友人の島崎みゆきの視点で、読者は物語を追っていく。

彼女はなぜ毎日、西武大津店に通ってテレビ中継に映ろうとしたのか? これ、なんとなく気持ちわかるんだよね、少しも共感できない人っているのかな。

どんなところに住んでいても、思い出の場所ってのはあって、百貨店ってのは老若男女が集まる代表的なスポット。そんな場所がなくなると聞いて、何も感じない人ってのはいないんじゃないかな。そこに住んでいる人の思い出が染みついた、特別な場所だよな。

そんな場所のために何かをしたいと、居てもたってもいられなくなる気持ちはわかる。この物語を書こうと思った宮島未奈さんの気持ちもすごくわかる。だから『成瀬は天下を取りに行く』は、日本で暮らす人たちの心のために必要な、求められる物語なのだと思う。

地方の百貨店がどんどんなくなっているっていうニュースは以前から聞く。そこにさらなる追い打ちをかけたのが、2020年1月ごろから国内でも影響が出始めた、コロナウイルス感染症の流行による行動規制である。当時の関西のニュース記事などを読むと、西武大津店も臨時休業を余儀なくさせられたりしており、コロナ禍の煽りを受けて閉店したとも言えるだろう。

『成瀬は天下を取りに行く』が描いたのは、そんな時代。誰もが世の中に閉塞感を感じ、コロナウイルスのせいで消えていくものを目の当たりにさせられるような時代。同じようなことを書くけど、この状況、感情に共感できない人ってのは、ポストコロナ時代のいま、日本国内にはほとんどいないんじゃないでしょうか。

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『成瀬は天下を取りに行く』の仕掛け

同作は連作短編集という形式で、6つの短編小説から成る。各編ごとに主人公格の人物が変わり、キーパーソンである成瀬あかりのイメージをさまざな角度から浮かび上がらせる。

それは成瀬の友人の島崎や、成瀬のことがちょっと苦手だと思っている同級生であったり、成瀬に想いを寄せる男子、また西武大津店で少年時代を過ごしたサラリーマンなど、性年齢にも変化がつけられている。

特段めずらしい書き方ではないけど、バランスよく読者を獲得できるようになっているのではないだろうか。青春小説ではよくあるのかな、なんだか懐かしさに近い既視感がある。俺は30代前半だけど、『黄色い目の魚』かな? あれも青春もので連作短編だったような。『成瀬~』はあそこまで青臭くなくて気どりすぎていないから、より広く読まれている理由なんじゃないかな。いや、『黄色い目の魚』もたぶん私、好きなんですよ。読んだのは10代のころだけど記憶に残っているくらいだから。

ただ、後述するけどその「より広い層に読まれるための工夫」のせいか、抜け落ちているものもあると思うんですよ。いや、あの、生意気なことを書きますけど、感じたことは正直に書かせていただいたほうが、この書評を読んでくださったみなさまのためになると思いますんで……。ぜひ、次のページも読んでみてください。

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この記事を書いた人

1990年生まれ。サラリーマンの男。神奈川県在住。
思春期のころ、肌や毛のトラブル(?)に悩まされ、振り返ればコンプレックスを抱えた青春を送ってきた。そのせいか自意識過剰になり、さまざまなスキンケアや毛のケアを試してきた。似たような悩みを持つ人たちの助けになれればと思っています。好きなものはメラノCCとユニクロと無印良品。

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