「コロナ禍の地元愛」がテーマの青春小説『成瀬は天下を取りにいく』は誰の心に響いたのか

主人公・成瀬あかりの魅力

天下無敵の中学生だとか、最高の主人公とか、そういう打ち出し方で宣伝されている『成瀬は天下を取りに行く』。果たして、その主人公、成瀬あかりの魅力はどこにあるのでしょうか?

成瀬あかりは、突然しゃぼん玉に没頭してテレビで天才小学生として紹介されることになったり、自己紹介でいきなりけん玉を披露したり、頭を全剃りしたりなど、傍目には奇想天外に見える行動をとる。

成瀬の行動はマイペースという言葉だけでは説明できない。好奇心と探究心、徹底してやるという気合いを感じるのだ。

群れることはしない。かと言って来るものを拒むわけではない。時には、一人でできないことに取り組むにあたっては友人の島崎に声を掛ける。遠慮なく、有無を言わさぬという感じでもないんだけど、思い立ったら一直線、人を巻き込むことも厭わない。

そんなふうに生きられたら楽しいだろうよと思わせる、独自の行動の指針をもっている。でもね、これが成瀬にしかできないことなのかと言われたら、そうでもない気がする。読者に親近感と憧れをうまい具合にブレンドした印象を与える像を、成瀬は持っている。

魅力的だと感じるのは、そこじゃないかな。自分にも成瀬みたいに周りの目を気にせず打ち込むものがあった時期もあったし、今からでもそうなれるじゃないか、とか。気のままに生きる、別にそうすればいいじゃないか、とか。

そんな力を持っている成瀬の姿を目の当たりにした私たちは、本を読み終えたときには前向きな気持ちと行動力をもらえているというわけだ。

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『成瀬は天下を取りに行く』は誰の心に響いたのか?

とにかくめちゃくちゃ売れた『成瀬は天下を取りに行く』。いや、まだまだ売れているみたいで続編の『成瀬は信じた道をいく』と2冊あわせた累計発行部数は2024年11月時点の情報で95万部にのぼるらしい(出典)。

この作品は、いったいどんな人に響いたのだろうか。いや、あの「なんでこんな本が?」とかそういうことじゃなくて、いい作品だと思うけど、ここまで売れるのには俺が思うよりもっと深く刺さっている人たちがいるのではと思ってるってことね。

まずは、滋賀県大津市に住む人たち。物語の舞台だし、作品の最大のテーマは「地元愛」だから、ここは間違いなく刺さっているはず。大津市だけじゃなくて滋賀県という少し大きな括りにすると、彦根市出身の歌手の西川貴教も推薦文を寄せていたりする。東京とか大阪とか日本の代表的な都市じゃない(そんなこと書くと申し訳ないけど)ってのも、愛着をもてるポイントなんだろう。

物語を好きになるには「わたしたちの物語」だと思えるって、けっこう大事だと思うんだよね。その点を『成瀬~』を書いた宮島未奈さんは、すごく大切にしているんじゃないかな。その「わたしたち」の最大公約数を大きくするために、群像劇として主人公視点のキャラクターを複数用意した一冊の連作短編集としたのかも、しれない。

あとは「青春」ってのも大きなテーマだよな。なにせタイトルの「成瀬」は中学生だから、青春真っ盛りの中高生たちも、この本を手にとったことだろう。

でも、青春小説なんて掃いて捨てるほどあるよな。新旧の作品を合わせると、山のような数になるはず。そんななかで、なぜ『成瀬~』はここまで受け入れられたのか? 

っていうか、今の若者、特に中高生なんて読書しないんじゃないの? と勝手なバイアスを持っていたけど、実はそんなことありませんよっていうのが最近の見方らしいので、いったん「若者は本を読まない」という前提は置かない。『「若者の読書離れ」というウソ』なんて本も出てるくらいだし、スマホがあるから~、YouTubeとかネトフリがあるから~とか、勝手なイメージで決めつけるのはよくないからな。

閑話休題。
……いや、俺、『成瀬は天下を取りにいく』は、中高生に刺さる作品ではない、と思ったな。この小説、中高生のあいだで流行ってる、バズってるなんてことは、ないんじゃないか? 滋賀県大津市の中高生ならともかく、東京の中高生が読んでも「これがローカル感ってやつか、ふーん、いいな」くらいにしか思えないんじゃないか?

と、いうのはですね。この作品、恋愛要素がないわけじゃないけど露骨な描写は控えていたり、思春期特有の感情もドロドロとしたところまで描かない、なんというか毒がない、ユニークではあるんだけど、漂白された青春模様って感じなんだよ。なんていうんだろう、小学生が読む進研ゼミのマンガ、みたいな……。あれはあれですごく面白かったりするから侮れないか、イメージがズレてたらすまん。

嫌な言い方をしてしまうけど、小説作品として悪い意味で無難だと思う。で、もし本当にこの小説が中高生にぶっ刺さって大流行していたとしたら、彼らの感受性を心配してしまう。生きていくことそれ自体の悩みに対峙しはじめて、人間関係から精神的に不安定になったりすることもあり、周囲の出来事に強烈な関心を持ち始めたりもすることだろう。そんな彼らの心を刺せるようなもんじゃないだろう。

ライ麦畑でつかまえて』のような自分や周囲への嫌悪感のなかでもがきながら大切なものを見つけていくわけでなく、『青の炎』のように罪と青春のきらめきの痛ましいまでの対比があるわけでもなく、『69』のようにリアリティのあるお下劣な内容だからこそ大爆笑できるような気持ちよさがあるわけでもなく……当たり障りが、ないんだよね。だから俺は、この本は中高生の心を揺さぶってはいないと思う。いや、高校生はまだしも中学生はそういう本を読まないか。中学生って、ちょっと前まで小学生だったわけだもんな。漂白された小説のほうが全力で楽しめるか。やっぱり、俺の感覚がズレてるのか?

『成瀬~』に心を揺さぶられた若者がいるとしたら中高生じゃなくて、地元を離れて都会の大学に進学した大学生とか、地方の大学から東京の企業に就職した社会人とかじゃないのかな。いずれもちょうど、本を買うのも躊躇しないくらいのお金を持ち始めるころだと思うし、高校生活を終えて当時を振り返って楽しみたいとか思ってるんじゃないのかな。で、この本をきっかけに同窓会が各地でシンクロ的に開かれたりするとか。うん、そうじゃないかな。

あの、小説としての質とか完成度がどうとか、そういうわけじゃなくて。むしろ、そのへんはしっかりやってる気がする。コロナ禍の日本が舞台っていうところでリアリティや訴えかけてくるところはあるし、映像化・漫画化しやすそうなキャラクターがバチっと立った設定だし、いろんな年齢層をファンとして取り込めるように工夫されているし。でもそれってなんだか、文芸作品というかマーケティングされた商品としての質って感じだなんだよな……。あの、本当にすみません。個人の感想です。

『成瀬は天下を取りに行く』は読んでおくべき?

さて、『成瀬は天下を取りに行く』はおすすめか?

個人的には、自信を持っておすすめすることはできませんかね……。いや、めっちゃ売れてるし本屋大賞も獲ったから世間的な評価は折り紙つきなんだろうし、俺自身としてもするっと読めてなんだか気持ちいい感じのノスタルジーや地元への想いを呼び起されて、感動がなかったなかったわけじゃないんだけど。

正直、ここまで売れてる本だから天邪鬼な感情が働いていることは否定できない。もし、その感情を抜きにしたとしても、俺個人の読書観のうちで読書に求める感動とはちょっと違うってだけの話なんです。すまん、そういう意味で個人的には強くおすすめはできないってことだ。

だから、じんわりとやさしい感動を味わいたい人にはぴったりな作品だと思います。いや俺だってね、そんな読書をしたいときもありますよ。高校の現代文の問題に出てくる作品とかさ。いや、『成瀬~』はそこまで繊細じゃないか。あ、申し訳ありません! 本当に悪く言いたいわけじゃなくて、今ふと書いていて出てきた「そこまで繊細じゃない」っていうところに尽きるかもしれない。良し悪しなんだけど、俺が青春小説に求めるのは壊れてしまいそうな繊細さや危うさ、なのかも……。でも、中学生が主人公の小説なんだし、そんな繊細さを求めちゃうと中学生らしさなんてなくなってしまうのかしら?

カッコつけたこと言って、本当にすみません。とにもかくにも、読んでみて皆さんの感想を聞かせてほしい作品ではあります。そもそも、俺みたいな30代前半の男が読む本じゃないのかー? 助けて……。

宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』
宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)

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この記事を書いた人

1990年生まれ。サラリーマンの男。神奈川県在住。
思春期のころ、肌や毛のトラブル(?)に悩まされ、振り返ればコンプレックスを抱えた青春を送ってきた。そのせいか自意識過剰になり、さまざまなスキンケアや毛のケアを試してきた。似たような悩みを持つ人たちの助けになれればと思っています。好きなものはメラノCCとユニクロと無印良品。

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