東山彰良『流(りゅう)』ってどんな小説?|ポップかつシリアス、スリリングでエモーショナルな青春ミステリ

東山彰良『流(りゅう)』書評・読書感想文

2015年上半期に直木三十五賞を獲得した小説『流(りゅう)』。著者は東山彰良。読んだことありますか? どんな本でも、読書人の人口に対して「知ってるけど実は読んでない」って人の割合が過半数を占めていると思うんです。というわけで、どんな書評にも「いまさら」ってのはないってことで『流』の感想を書きます。

この記事のタイトル、カタカナばっかで語彙力大丈夫か?って思われるかもだけど、意外とカタカナでの形容がマッチする作品だったので、そこも伝われ!って思ってタイトルを考えました。

東山彰良『流』を読もうと思ったきっかけ

直木賞受賞作品をぜんぶ読んでいる人っているのだろうか。そんなことを考えながら、Kindle本を物色していると東山彰良の『流』にぶち当たった。文庫本。

本作は、選考委員の満場一致という結果で直木賞を獲得した。直木賞作品のなかでも、とりわけ評価が高いわけだ。でも、なんとなく読んでいなかった。『流』が直木賞を獲得した2015年当時の俺は、ろくに調べもせずに「ふーん、台湾の話か」くらいに思ってスルーした。台湾に対する関心がそこまでなかったんだろう。

あれから少し時間が経った。直木賞の発表の時期になると「『流』はおもしろかったよね」とつぶやく人がちらほらいて、その都度、根強い人気がある作品なんだなと感じていた。

また、いい年齢にもなってきた俺は、台湾と日本の関係性とか、国際情勢にも関心が出てきた。歴史を知るうえで小説は都合がいい。楽しみながら勉強ができる。それに、遠くない現代史をあつかった作品は、フィクションだとしても、生き生きとしたリアリティがある。

ということもあり、刊行当時の2015年から10年弱が経ち、評価が定着し、少し大人になった俺は、『流』を読みたくなった。内容については「台湾の話」くらいの情報量しかないままKindleでぽちっと購入して、電子書籍で読み始めたってわけだ。

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東山彰良『流』はどんな話?

物語の舞台が台湾で、著者の東山彰良も台湾のご出身ということで、自身のルーツを探るような自伝的な小説なのかなーくらいに予想していた。この予想はまるきりはずれていたわけでもないだろうが、描かれているのは著者の体験そのものというわけではなかったし(流石に)、勝手に想像していたシリアスな印象は裏切られた。

さて、『流』はどんな話なんでしょうか?

舞台は1975年の台北。台北は、台湾の都市であり、現在は首都である。主人公の葉秋生(イエ チョウシェン)は台北の高等中学に通う17歳。

著者の東山彰良は1968年生まれらしいので、主人公より7歳ほど若い。著者が体験した時代と言えなくもないだろうが、自伝的小説とまで言えるものだろうか。正直、エピソードに自伝の要素があるとかないとか、そのへんは途中でどうでもよくなってきた。リアリズムくそくらえみたいな現実離れした描写が急にぶち込まれたりもするし。いっぽう、著者が台湾のムードを知っていることは大きく作用しているのは間違いないので、描かれている世界観を疑う必要はない。

はい、あらすじですね……。

4月5日、蔣介石が死去したという事実が秋生の学校で知らされる。その場面から、第一章は始まる。

あの年代の台湾の子供たちにとって、蒋介石は神にも等しい存在だった。(……)テレビが観られるのも、テレビが観られるのも、アメリカのガムが食べられるのも、なにもかも国民党のおかげだった。

東山彰良『流』(講談社文庫)より

中国国民党と中国共産党。蒋介石と毛沢東。この構図が『流』の背景として通底、というかガッツリと肝になってくる部分だから、あらかじめ復習しておくと読みやすくなるだろう。なんか『地図と拳』のレビューのときと同じようなことを言ってるな、俺。

そして本作のキーパーソンである秋生の祖父、葉尊麟(イェ ヅゥンリン)。中国の山東省出身。

第一章の前にプロローグが書かれているのだが、そこに登場する黒曜石の碑に、この葉尊麟の名前が、1943年9月29日の記録として「匪賊葉尊麟は此の地にて無辜の民五十六名を惨殺せり」と刻まれている。

山東省、匪賊、と聞くと義和団を想起する。しかし、義和団の活動は19世紀末から20世紀初頭、1890~1901年ごろと言われているから、秋生の祖父、葉尊麟が「無辜の民五十六名を惨殺」したのは、義和団事件のだいぶあとの時代である。

こういうふうに、描かれている時代が歴史のどの位置にあるものなのかが俯瞰できていると、少しだけ物語が頭に入ってきやすくなるんじゃないでしょうな。

失礼……どんな話か?でした。

端的に述べると、主人公の秋生の青春時代の喧嘩や恋愛の模様が、台湾特有の湿っぽいムードのもと、テンション高めで描かれる。だから、歴史小説って感じではないんだよね。

ちなみにテンション高めってのがポイント。斜に構えたような小説が昨今多い気がするけど、そんな感じはないんだな。少なくとも、ハードボイルドではないね(それっぽくなるシーンもあるけど)。

あ、台湾が湿っぽいだなんてひどいこと言ってると思われるかもしれないけど、この気候をよくあらわす、多くの人が大嫌いな虫「ゴキブリ」の描写はすさまじいものがある。けっこう笑える。ここはひとつのハイライト。

そう、笑えるんだよな。日本の作品でいうと、村上龍の『69』みたいな。けっこう青臭い感じもあるので、30代半ばの男が読むには少し恥ずかしいかも、と読みながら思ったりもした。

しかし、青臭いだけじゃないのが本作の魅力。伊達に直木賞をとってないぜ。物語の柱になるミステリ要素、秋生の祖父、葉尊麟の死。他殺。秋生は犯人を探す。真相が明らかになっていくまでの過程には、手に汗を握るものがある。

物語の進行のバロメータになっているのが真相究明までの経過なんだけど、独特のスピードなんだよね。青春要素と並行していて、ほどよい緊張感、手に汗を握るけど息が詰まるほどではない、というか。読書体験としての気持ちよさがある。

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東山彰良『流』はどんな人向けの作品?

さて、『流』はどんな人に合いそうか。本作は、編集者か誰かが名づけた「青春ミステリ」というハイブリッドなジャンルを高次元で体現している作品だと思う。青少年からお年を召した方まで楽しめる、軽快にして骨太な作品だ。

正直、中盤まではノリの軽い作品だなーと思ったりもしたけど、途中で放り出さずに最後まで読んでよかった。好きな作品だと言って何も恥ずかしいことはない、むしろ「わかってるね、おもしろいよね」と読書家から言われそうな完成度を誇る小説作品だと思う。

窮屈さがないとこに好感が持てるんだよね。ロバート・ハリスが解説で書いていたけど(文庫版に収録)、楽しみながら書いているのが伝わってくる。文学然としたいとか変な意図を読者に感じさせずに、文章のうまさ・技巧、著者の知性がさりげなく炸裂している作品だと思う。

強いてどんな人に向いているかといえば、冒頭でも書いたけど、日本と台湾の関係性、中国との関係性への理解を深めたい人にとっては良い作品だと思う。この本を読めば全てがわかるってわけじゃないけど、蒋介石と毛沢東、中国国民党と中国共産党、引いては台湾(中華民国)と中国(中華人民共和国)の「二つの中国」という政治的対立関係が、市井の人々の生活にどのような影響を与え、その目にどう映っていたのか、ひとつの視点を得ることができるのは、現在の国際情勢の雰囲気を知るうえでも参考になる。

東山彰良『流』は『地図と拳』や『69』に似てる??

堅苦しいことを書いちまったが、とにかくおもしろい作品なので、まだ読んだことのない方はぜひ手にとってみてほしいです。そう、おもしろいんだよね。「どこがいいのか説明しにくい良い作品」ではなく「おもしろい作品」と言える。たとえば、同じく直木賞作品の『地図と拳』が好きな人は、『地図と拳』よりは軽い気持ちで楽しめる作品と思ってもらえればいいかな。あれ、俺、失礼なこと言ってるかな……。とりあえず謝っておきます。申し訳ありません。

すっごい雑な書き方をすると、小川哲『地図と拳』と村上龍『69』の中間……って言っていいのかな。つっても『地図と拳』とは舞台も違うし、少し先の時代の話だし、全然ちがうといえばちがう。『69』のような青春の雰囲気もあるが、それは一部だし、『流』で描かれているような饐えたニオイのするような街の雰囲気は特有のものだ。

そもそも何に似ているかなんて愚門かもしれん。少しでも手に取るきっかけになればと思ったけど、せめて、もう少し俺も本を読んで「この本が好きな人は好き」って例えを的確にできるようにがんばります。

東山彰良『流』。食わず嫌いってわけではなかったけど、なぜかスルーしてきた俺。同じような状況の人がもしいたら、おすすめですので、ぜひ読んでみて!

東山彰良 著『流』(講談社文庫)

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この記事を書いた人

1990年生まれ。サラリーマンの男。神奈川県在住。
思春期のころ、肌や毛のトラブル(?)に悩まされ、振り返ればコンプレックスを抱えた青春を送ってきた。そのせいか自意識過剰になり、さまざまなスキンケアや毛のケアを試してきた。似たような悩みを持つ人たちの助けになれればと思っています。好きなものはメラノCCとユニクロと無印良品。

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