鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』はちょっと鼻につく“衒学的”な小説?

第172回芥川龍之介賞を受賞した、鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』を読みました。著者の鈴木結生さんの読み方は「すずきゆうい」ね。かっこいい名前だね。芥川賞作品を読んだのって久しぶりかも。あの、楽しめましたよ。記事タイトルの件は、なんかすみません。

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『ゲーテはすべてを言った』は芥川賞作品的か?

俺のなかで芥川賞作品のイメージって、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』なんだよな。どろっとしていて極端に内面的なイメージ。今回の『ゲーテはすべてを言った』を読んだあと、芥川賞の審査基準について、あらためて調べてみた。

Q. 芥川賞・直木賞の違いを教えて下さい。
A. 芥川賞は、雑誌(同人雑誌を含む)に発表された、新進作家による純文学の中・短編作品のなかから選ばれます。直木賞は、新進・中堅作家によるエンターテインメント作品の単行本(長編小説もしくは短編集)が対象です。

日本文学振興会サイトより)

そういう条件があったのね。なんとなく芥川賞は純文学的で、直木賞はエンタメ小説的なもんだと思ってた。大体は合ってるかな? でも、芥川賞の対象が中・短編作品だってことは知らなかった。あと、直木賞とちがって中堅作家の作品は選考の対象にならないのね。

「雑誌に発表された」ってところも知らなかった。これって、文芸雑誌の運営を応援するのが目的なのかな? だとしたら、出版社をサポートする側面もあって、意義のある取り組みだなって思った。

鈴木結生さんの『ゲーテはすべてを言った』は、雑誌『小説トリッパー』の2024年秋季号に掲載された作品とのこと。そんな雑誌、知らなかった……。しかも連載とかじゃなくて、同号に一挙に掲載したんだって。文芸雑誌ってなかなか豪快だな。それがふつうなのかな。今度『小説トリッパー』買ってみよ。目次みたら、知ってる作家さんいっぱいいるし。

そんで、『ゲーテはすべてを言った』は芥川賞受賞作品なわけで、純文学的な作品ってことだよな。「純文学」ってどんな文学を指すんでしょうね。広辞苑によると……

じゅん-ぶんがく【純文学】
①広義の文学に対して、美的情操に訴える文学。すなわち詩歌・戯曲・小説の類をいう。
②大衆文学に対して、純粋な芸術を志向する文学作品、特に小説。

とのこと。「美的情操に訴える」「純粋な芸術を志向」ってところが芥川賞的ってことにしとくか。

ちなみに「情操」ってのは


じょう-そう【情操】
感情のうち、道徳的・芸術的・宗教的など文化的・社会的価値を具えた複雑で高次なもの。

ってことらしい。辞書って引き始めると芋づる式に調べたくなっちゃうよな。ここまでにしとくか。

で、『ゲーテはすべてを言った』が芥川賞的か? って話だけど、俺はその点ではピンとこなかったなあ。「いわゆる芥川賞作品っぽいね~」って感じじゃないところがまた芥川賞的なのかもしれん。まだ内容に一切触れられていないので、次のセクションであらすじといっしょうに見解を示させてもらいましょう。

『ゲーテはすべてを言った』は「アカデミック冒険譚」

作品の紹介ページには、こう書かれている。

高名なゲーテ学者、博把統一は、一家団欒のディナーで、彼の知らないゲーテの名言と出会う。ティー・バッグのタグに書かれたその言葉を求めて、膨大な原典を読み漁り、長年の研究生活の記憶を辿るが……。ひとつの言葉を巡る統一の旅は、創作とは何か、学問とは何か、という深遠な問いを投げかけながら、読者を思いがけない明るみへ誘う。若き才能が描き出す、アカデミック冒険譚!

朝日新聞出版ホームページより 

この紹介文だけ読むと、謎解き要素があるエンタメ小説っぽいけど、それって直木賞の範疇じゃないの? と思ったりもした。いや、俺はもう読んだんだけど、あらためてね。たしかにこの紹介文に違わない内容だったよ。ただ、こんなテンション高い感じじゃないかな。割と淡々としてたよ。そこんところは純文学的?だったのかな。

「アカデミック」ではあった。というか主人公が学者で、主題が『ファウスト』などで知られるドイツの詩人・作家・劇作家のゲーテの言葉で、そのゲーテの名言をめぐる物語で、舞台の多くは大学だったりするから、そりゃアカデミックにもなるわけで。

そんで、あからさまに学問的知識をひけらかしてくるのよ。評者の誰かもペダンチック(衒学的)とか言ってたっけ。文芸の古典、聖書の引用、映画作品とかを羅列して、ハイブラウな感じをばんばん出してくんの。照れ隠し的な表現もないからふつうだと嫌味な印象を覚えると思うんだけど、そう思われることにも自覚的なのが文章から伝わってくるというか、独特だったな。別に読んでいて気持ちいいとか知的好奇心を煽られるとかもないんだけど、なんか独特なんだよ。

淡々としてるっていったけど、展開としては後半から盛り上がった。正直、後半に差し掛かるまでに読むのをやめようと思うくらい「学問的知識」の無感情連射にうんざりしてたんだけど。これから『ゲーテはすべてを言った』を読むみなさんにんは、少しの辛抱が求められることはあらかじめお伝えしておきます。

だから後半からは、おもしろくなってくるんだよね。謎めいてくるというか、登場人物のキャラクターの魅力が際立ってくるところもあって。でもこのおもしろさって、大衆小説的なおもしろさじゃないの? 俺の思う芥川賞作品っぽくないぞ? とか思いながらも、つるんと読了してしまった。

思うに、芥川賞作品かどうかは置いといて、事前情報なしに読むと純粋に楽しい小説だと思うぞ、うん。

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『ゲーテはすべてを言った』は読者を選ぶ?

この作品で書かれているアカデミックな世界って、すべての人に開かれているものじゃないと思うんです。アカデミックな世界の住人もいて、こんなこと考えて生きてんだぞっていう話なのかもしれないけど、ちょっと排他的な内容かもしれないと思った。主人公のゲーテ学者・博把統一の研究仲間とのやりとりとか、統一の尊敬する教授(統一の義父だったっけな)との関係性とか、エリートのそれなんだよ。

統一には家族がいて、妻は教授の次女で、娘もインテリで、その彼氏は○○(※ネタバレになるので)で……みたいな、大金持ちとかじゃないかもしれないけど、俗っぽい悩みとは無縁の人種なんだよな。

でもまあ、そういう世界を覗いてみましょうって距離感くらいが楽しめるのかもな。排他的とかいったけど、共感できて自分事にできる小説だけが読まれるべきかっていうと、そうじゃないんだぜって意味で、媚びてない、大衆的に調整していない、純文学的な作品なのかもしれない。すなわち、芥川賞作品ぽいってことなのかな。

「アカデミック冒険譚」なんて自分には合わないよ、などと思わずに読んでみるのがよいと思います。

『ゲーテはすべてを言った』はおすすめ?

はい。鈴木結生さんの『ゲーテはすべてを言った』について、ここまで書いてきました。こちらの小説、おすすめかと申しますと、おすすめです。俺がこのブログで紹介している本はほとんどおすすめの本だから紹介してるわけで、腐すためにブログを書くってことはまだやったことないな。作品に対する悪い評価をわざわざ書く目的って何なんだろうね。無関心ってことではないから、一種の応援なのかしら。

話があっちに行ったりこっちに行ったりしていますが、『ゲーテはすべてを言った』は楽しく読めました。後半からおもしろくなってくるって先に書いたけど、前半はどうかって言うと、エンタメとか謎解き的な感じはないんだけど独特の読み応えがあるんだよね。引用をバシバシしてくるところとか、アカデミックな世界の雰囲気とか……そうそう、文系の大学院に通っている人や教授とか、文学の研究者ってこんなこと考えてんのかな?っていうのは興味深く読めると思う。

それをただ知識をひけらかされているように感じるか、ふーんそんなもんなんだねっていくらいに感じるか、おもしろそうなこと考えてるな!と感じるか、『ゲーテはすべてを言った』の前半では、ちょっと専門的な領域を覗かせることで、特有の小説世界を生み出せたんじゃないかな。

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あとは、キャラクターだね。魅力的なキャラクターが出てくるから、それは然紀典(しかりのりふみ)ってやつなんだけど。小説を読んでるとさ、この作家さんはこのキャラクターを描きたいがためにこの小説を書いたんじゃないか?って思わせる粋な人物を登場させてくるよね。『ゲーテはすべてを言った』に関しては、俺はこの然がそうだと思ったよ。小説って、こいつかっこいいなーって思わせるキャラに出会えれば、それで読んだ意味はおおいにあると思わない? 思わないか。まあ俺はそう思うこともあるんだけど。

まあ正直、「ペダンチック」な感じにちょっと引いたけどね……。けど、読み終わったらそういう自分の感じ方とも向き合えるようになって、なんていうか、大人の対応がこれからできるようになった気がするよ……。こういう気持ちを湧かせるっていうのも、芥川賞的なんですかね。いや、けなすつもりは一切ないですよ! 簡単に評価しにくい、解釈させないっていうのも作品の奥深さだと思うんで、いろんな意味で自分の未熟さを感じました! おすすめです!

鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版)

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この記事を書いた人

1990年生まれ。サラリーマンの男。神奈川県在住。
思春期のころ、肌や毛のトラブル(?)に悩まされ、振り返ればコンプレックスを抱えた青春を送ってきた。そのせいか自意識過剰になり、さまざまなスキンケアや毛のケアを試してきた。似たような悩みを持つ人たちの助けになれればと思っています。好きなものはメラノCCとユニクロと無印良品。

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